日本やアメリカの教育制度は、一部の例外はあるもの基本的には、小中高と進み、高等教育機関の大学に進学する単線型教育を採っている。
ヨーロッパでは、ギムナジウムという複線型の中等教育制度を持つところがある。
ドイツでは、大学入学を目指す9年制の中高一貫教育が行われているという。
そんな学校の様子がわかる体験記事がある。
2009年8月15日読売オンラインJキッズ通信は、榊原咲耶(さくや)さん(19歳)の書いた以下の記事を掲載している。
『6月にギムナジウム卒業式がありました。卒業・大学入学資格試験の受験者90人全員合格でした。各自選曲したBGMが流れる中、壇上で一人一人に成績証明書が授与されます。小学校入学を各自の発達状態で1年前後ずらせるうえ、進路の途中変更、落第や飛び級もあり、卒業生の年齢は18歳から22歳くらいまで。保護者と区別のつかない人もいます。
翌日は生徒主催のパーティー。おしゃれの本領を発揮します。成人年齢が18歳なので、みな「大人」。終了は深夜、アルコール飲料も用意されます。メーンはダンス、それから主専攻の教科担任への感謝の言葉と記念品の贈呈。戸締まりをして午前3時すぎ。これで生徒の日々は終了。
7月1日から即、男子生徒何人かは兵役あるいは社会奉仕義務につきました。新しい日々は始まっています。』
ヨーロッパは歴史的に階級社会が根付いているため複線教育が受け入れられるとも言われる。日本のような均質的な社会では皆一斉に同じことを学ぶ教育システムの方がなじみやすいため、単線型に抵抗がないとも考えられる。
ギムナジウムのような多様な選択肢を持つシステムでは自分で選んだ教育を受けることより、何のために勉強するのかという自覚も生まれてくる。その結果、卒業すれば大人として社会に認められることにもつながってくる。
日本も世界の多様な教育システムを研究して時代に合った最適な教育制度の構築が望まれる。
質問:


本文にもあるが、日本は均質な教育システムで落ちこぼれも出さない代わりに、ずば抜けた個性を持つ人間も出にくい環境を作り出してきた。その結果、平均的なレベルは高いが、何のために勉強しているかの自覚がなく、目標を見つけられない人間を作ってきたという側面もあると思う。それが、日本の20歳が成人になっても大人に見えない一因のような気もする。
国が一斉に総力を挙げて経済成長を遂げていたときはよかったが、今のようなグローバル化、多様化の時代に本当に今の教育システムが適合しているのか、すぐに変えるかどうかは別としても多角的に議論する必要はあると思う。