2010年7月26日付けasahi.comはワシントン発として以下を報じている。
『アフガニスタン駐留米軍などの機密文書9万1千点以上が25日、民間のウェブサイトで公表された。米ホワイトハウスのジョーンズ大統領補佐官(国家安全保障担当)は同日、「米国の安全保障を脅かすものだ」と公表を強く非難する声明を発表した。 』
公表したのは、政府や企業関係者らからの内部告発文書を公開している「ウィキリークス」。同サイトによると、今回の文書は2004年から10年にかけてのもので、兵士や情報機関の関係者らが作成した。
事前に文書の提供を受けたニューヨーク・タイムズ紙(電子版)によると、文書にはパキスタンの情報機関がタリバーンに接触し、過激派組織を育成したり、 アフガン指導者の暗殺計画立案に関与したりしたことなどが示されているという。英ガーディアン紙(電子版)は、これまで公表されていなかったアフガンでの 複数の事件で、数百人の市民に犠牲が出ていたことが明らかになったと指摘した。
これに対し、ジョーンズ氏は声明で「米国民や友好国の国民の生命を危険にさらしうるものだ」として公表を強く非難。さらに、同サイトが事前に米政府と接触する努力をしなかったとして「無責任な情報漏出」と批判した。


どこの国でも国家が国民に対して秘密にしておきたいことはあるだろう。それが、国の失態であって非難されなくてはならないことを隠しておくとなると問題。それを表に出すのはジャーナリズムの重要な役割ともいえる。
一方、国家の安全保障に係わることで表に出したくないこともあると思う。それらの二つの線引きは難しいように思うのだが、今回はどうなのだろうか。
もし、本当にアフガン市民に犠牲者が出たことを隠しておいたとしたら問題だ。
ベトナム戦争でも同じようなことがあったが、やはり健全なジャーナリズムのためには両者の緊張感が維持されることは必要だと思う。